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院長挨拶


当院の設立母体である富山医療生活協同組合は、昭和25年、戦後の混乱期に設立された労農救援会に端を発します。医療保険が整備されておらず、人々が医療にかかりにくかった時代です。 昭和38年に富山医療生活協同組合が設立され、昭和50年に現在の豊田町に24床の豊田病院が建てられました。その後、何度かの増床を経て、昭和62年(1987年)、190床化を機に、「豊田病院」から「富山協立病院」に改称されました。そして、昨年、ついに昭和53年に建築されたⅡ期棟などが取り壊され、新たに建設された5階建ての新棟を中心に診療を開始しました。

この間、社会は大きく変化しました。この地に病院を建てたころは、戦後の混乱が一定落ち着き、 高度経済成長真っ只中の時代でした。いわゆる生産年齢と言われる人口層が大きな割合を占めていました。当時、富山駅の北側には公的病院がなく、その役割をはたすべく、内科、外科、整形外科、 小児科、検診を中心に医療活動を行いました。現在は、北部地域にも公的病院が整備され、周辺に 開業の先生方も増えました。設立当時は働き盛りだった方も、高齢期を迎え、加齢に基づく疾患が増え、「治す」役割とともに「支える」役割が必要となりました。そのような社会では、地域の医療機関は、周辺の医療機関や介護保険・障害福祉のサービス機関と密な連携のもとに、地域に必要とされるケアを提供していくことが望まれます。今後の当院の役割は、「支える役割」の入院機能や透析などの治療と、自宅や施設での訪問診療が大きな柱と考えています。このような変化は日本全体で起こっており、国はそのような役割を担う病院を、「在宅療養支援病院」と位置づけ、当院もその認定を受けております。

富山協立病院は今年設立50年を迎えます。その時代に地域の方々や医療生協の組合員の身近で必要とされる医療機関であり続けるよう努力していく所存です。今後とも、よろしくお願い申し上げます。

富山協立病院院長 岩城 光造









富山協立病院は2024年全面リニューアルオープンしました! 新病院建設にあわせ、さらに事業が拡大するため、共に活躍してくれる新しい仲間を求めています。